気になる書評13

思い出の食事や忘れられない味。確かに、食は人生の様々なシーンの記憶と重なっている。

●あつあつを召し上がれ [著]小川糸

人生の曲がり角に、食の情景

 孤食や欠食が話題になる世の中だ。誰とも言葉を交わさず、目はテレビ画面に向けたまま、そそくさとコンビニ弁当で腹を満たす風景は珍しくない。でもどんな人にも、おいしかった食べものの記憶はあるはず。この本には、いつか一人になることがあるとしてもずっと心に残り続けるような、誰かと共に過ごした食卓の思い出が描かれている。
 手の込んだ料理である必要はない。みそ汁やかき氷にも、その人なりの思い入れがある。亡くなった肉親が、こよなく愛していた料理もある。会えなくなってからも甦(よみがえ)る、特別な味の記憶。新しく家族になる人と思い出の味を共有するために、小さな店に晩餐(ばんさん)の席を設ける若者がいる。別れの儀式のような旅行で、豪華な食卓を囲むカップルもいる。丁寧な調理の過程が、故人を偲(しの)びつつ語られることもある。本に収められたさまざまな食の光景が、人生の曲がり角と重なっていて面白い。読むほどに、食欲と感動が湧いてくる短編集だ。
新潮社・1365円

朝日新聞 2011.12.4 掲載書評より