気になる書評10

上方落語かー。うーん、名人の話芸、じっくり聴いてみたいな。

●随筆 上方落語の四天王?松鶴米朝文枝春団治 [著]戸田学

戦後、消滅寸前だった上方落語の世界に入り、現在の隆盛を築いた<四天王>。色合いと芸風の異なる4人を聴き続けてきた著者は、具体的な演目を例に、声や口調、間やしぐさまで克明に記すことで、芸の実像を等身大に伝えたいと本書を書いた。
 豪放磊落(らいらく)といわれるが、繊細で稚気にあふれた六代目笑福亭松鶴。品格と風格を備えつつ、「皮肉な笑い」を楽しむ一面もある桂米朝。定評ある女性の描写に加え、軽い滑稽噺(ばなし)が生き生きとしていた五代目桂文枝。舞の名手で、舞踊と落語が融合した高座が美しい三代目桂春団治。上方を愛し、東京にいる時よりくつろいでいた、大阪での古今亭志ん朝を描いた終章も印象的だ。

朝日新聞 2011.10.30掲載書評より

気になる書評9

健康で長生きならいいけれど…。

●延命医療と臨床現場?人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学 [著]会田薫子

■患者の幸せと家族の想い

 「胃ろう」をご存じだろうか。自力では食事がとれない患者の腹部に、胃に通ずる穴を開け、そこからチューブで水分や栄養を流し込む処置である。患者の苦痛が少なく管理しやすいため、わが国の高齢者医療の現場では二〇〇〇年代に入って急速に普及しつつある。
 しかし無意味な延命措置として、疑問視する声もある。本書は生命倫理という視点から「胃ろう」問題に焦点を当てたはじめての研究書だ。医師の知人が本書を熟読し快哉(かいさい)を叫んだ事実からも、いかに現場で待望されていたテーマであるかがうかがえる。
 食事がとれない認知症の患者に、一律に胃ろうを造設する行為には意味があるのか。専門家向けではあるが、医師へのインタビュー中心の構成は読みやすく、主張は明快だ。「本人の幸せよりも(延命させたい)家族の想(おも)いなんですよ」という医師のつぶやきは重い。「胃ろう」問題においては必読の文献となるだろう。

朝日新聞 2011.10.9掲載書評より

気になる書評8

以前、私の会社から江戸時代長崎の出島で日本人通訳として活躍していた祖先に関する本を自費出版された方がいましたが、歴史的にもとても面白いお話だったのを覚えています。
以下の本も、出島のオランダ人と日本人をめぐる交流が興味深い一冊。

●阿蘭陀が通る?人間交流の江戸美術史 [著]タイモン・スクリーチ

■異国人と日本人の交流鮮やかに

 島田荘司写楽の正体解明に小説のかたちで挑んだ『写楽 閉じた国の幻』(新潮社)を読んだとき、その「正体」には疑念を覚えたものの、別の話題にすこぶる興味をひかれたことがある。18世紀のオランダ人たちによる「参府」がそれである。
 「参府」とは、長崎・出島に駐在しているオランダ商館長(カピタン)と医師、そして書記の3人が、日本人通訳らとともに江戸へのぼり将軍にお目通りする儀式である。初期は毎年行われていたが、後には数年おきになったという。3週間の江戸滞在のために、往復4カ月もかかった記録がある、大がかりな行事だった。当然、道中では異国人と日本人との間に何がしかの交流があっただろう。
 そうした人的交流の記憶を、絵画資料をもとに再構成したのが、まさに本書なのである。「阿蘭陀(おらんだ)人」と一括されたヨーロッパ人たちは、各地の旅館や料亭、出会った人々の様子を「オランダ商館日記」に書き残していたのだ。著者は日本側の資料と「オランダ商館日記」をつきあわせることによって、日欧交流の現場とその温度差をあぶり出すことに成功している。
 たとえば、各地の観光案内ともいえる「名所図会」の挿絵にはしばしば異国人が描かれるが、本書によると実際彼らは京大坂で名高い寺院に行き、人形芝居を見ていることがわかるのだ。現代人が思っているほど、江戸時代の異国人は「不自由」ではなかったということだろう。
 ただし、死んだ異国人の土葬については、厳しく制限されていたようだ。中でも、参府の帰途で没したカピタン・ヘンメイの西欧式の墓が静岡県に造られた経緯は、死をめぐる文化交流の具体例である。このヘンメイに随伴した書記・ラスこそが島田の小説の中心人物だ。両書を読み比べてみるのも面白いだろう。
 「閉じた国」日本という認識を改めさせる好著である。
    ◇
 村山和裕訳、東京大学出版会・2940円/Timon Screech 61年生まれ。ロンドン大教授。専門は日本近世文化。

朝日新聞 2011.10.2掲載書評より

気になる書評7

食欲の秋到来。いつも口にしている身近な食物のルーツの話、面白そうです。

●文明を変えた植物たち?コロンブスが遺した種子 [著]酒井伸雄

■身近な物たちの偉大な「素顔」

 「文明を変えた植物たち」とあって、開けば、ジャガイモから、ゴム、チョコレート、トウガラシ、タバコ、トウモロコシの6章に解説の終章をプラスした編成になっている。どれもあまりに身に「馴染(なじ)んだ」地味なものなのだから、一瞬白けたような気持ちにもなった。が、読み進むうちに面白くなり、気がついた時は、ファストフード店でフライポテトを口に入れながら読みふけっていた。
 和中洋にかかわらず、何系の料理にでもとけ込みそうな適応能力??適材適所ならぬ、全てが適所というほどに優れたジャガイモは、南米のアンデス高地の「出身」である。ヨーロッパに伝わったのはコロンブスの新大陸「発見」後だというが、いつ誰によってとまではわかっていない。その後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て食卓に定着するようになり、「飢餓の恐怖から人びとを解放しただけでなく」、国力を充実させ、本格的な肉食社会の出現までもたらした。
 ジャガイモがヨーロッパの食文化を一変させた植物であるというならば、世界文明を変えたのはゴムなのであろう。消しゴムや防水布、馬車自転車自動車などのタイヤ。戦争によって合成ゴムも発展してきたが、天然ゴムにどうしても「敵(かな)わない分野が二つ」??温度の激しい変化に耐えなければならない飛行機のタイヤと強度の一方薄さも要求されるコンドーム??あるという。
 喫煙しない筆者は、タバコが人体に不健康であるとばかり思っていたが、皮肉なことにそれが万能薬としてヨーロッパ大陸に広がった。ペストの予防に効果があると信じ、イギリスのイートンにある学校では、生徒が登校する前にタバコを一服することが義務付けられた時代もあった。
 日々何げなしに手で触れたり口にしたりしていた植物たち、その偉大なる「素顔」は本書のお陰で改めて気付かされた。

2011.9.25 朝日新聞掲載書評より

気になる書評6

電子書籍は手軽だけれど、やっぱり紙の本には魅力があるよね。外見はやっぱり大事、だと思う。

●本棚探偵の生還 [著]喜国雅彦
■収集欲をそそる美麗な造本

 1、古書店が夢に出て来る。2、本棚の配列には一家言ある。3、本は見て、触って楽しむ。4、とくにミステリーが好み。以上の条件を満たす方に強くお勧めするのが本書である。その理由は、実際に手にとってもらえばわかる。
 美麗函(はこ)入りの2冊組。著者が意匠を凝らした造本には、豆本に変身する月報まで付いている。2冊で異なる紙の質感を、指先でじっくり味わってほしい。電子書籍がコンビニならば、紙の本はアールデコ様式の老舗百貨店に匹敵することが実感できるだろう。
 かつて、本は人々の憧れだった。高くて手が届かない棚にすました顔で並ぶ函入り本を、首が痛くなるほど見上げていた記憶はないだろうか。それは、読みたい、というより手に入れたいという欲求だったはずだ。
 本蒐集(しゅうしゅう)の魅力を描くエッセーの第3弾である本書の内容については、あえて、読んでのお楽しみとしよう。本の外見だけに対する書評があってもいいと思う次第である。
    ◇
 双葉社・2940円

朝日新聞 2011.9.4掲載書評より

気になる書評5

推理小説は面白いけれど、現実は小説よりもっと面白ろそう!

FBI美術捜査官?奪われた名画を追え [著]ロバート・K・ウィットマン、ジョン・シフマン

大芝居打ち、逮捕より作品奪還

 これが映画や小説ではない現実に起きた話だけに面白い。現実も捨てたものではない。なんて呑気(のんき)なことを言っているが、本書は歴史上類を見ない名画窃盗事件の火中に飛び込んだFBI美術犯罪捜査官で、百戦錬磨の知的駆け引き術で窃盗団の一味をじらしたり追い込んだりするいかがわしい美術商を演じた男の回想録である。
 暗黒街とコネクションを持ち、盗まれた絵画を仲介して金にしようとたくらむ2人のフランス人相手に、アメリカの美術館から盗まれたフェルメールレンブラントをなんとか回収しようと、ダリ、クリムトオキーフなど6点の贋作(がんさく)絵画を麻薬ディーラーに売る現場を見せる大芝居を打つ。交渉はマイアミの船上。2人のフランス人以外、船上の人物(子分もビキニの美女も船長も給仕も)全員が、実はFBIの潜入工作員だ。
 目的は逮捕ではない。本命作品を如何(いか)に回収するかが本書のメーンテーマだけれど、そう簡単に解決しちゃ面白くない(失礼)。取引や会議の舞台はマイアミ、パリ、マドリードマルセイユバルセロナ……と転々とする。大西洋をはさんで「官僚主義と縄張り争い」が熱を帯びる。美術品が回収された暁には英雄気取りで新聞の報道写真に載りたいために、警察のお偉方が画策などする人間丸出しがまた面白い。
 FBIは言ってみれば明智小五郎だ。怪人二十面相も白昼堂々と美術品を盗むが、本書の怪人は二十面相のように美術を愛してはいない。単に金銭が目的だ。まさかオークションに掛けるわけにもいかない。ヤミで売ると市場価格の10%で取引される。逮捕されたって、ただの窃盗罪で刑期は3年くらいである。本文で、窃盗犯が語る盗みの手口を公開する場面があるが、まるで映画を見ているようで、その計画と行動の緻密(ちみつ)さと格好よさに自分がどちらの味方かわからなくなりそう。

2011.8.21掲載 朝日新聞書評より

気になる書評4

チーズ好きとしては、とても気になる一冊。食欲の秋を前に書店へGO!

●チーズの歴史?5000年の味わい豊かな物語 [著]アンドリュー・ドルビー

ヨーロッパ文化を凝縮した味

 良いチーズとは、〈アルゴスでなくヘレネでなくマグダラのマリアでなく、ラザロとマルティヌスが教皇に口答えをする〉という「六つの特質」を備えていなければならない。これは「(トロイの)ヘレネのように白くなく、マグダラのマリアのように涙にくれず、(百眼の)アルゴスと違って眼(め)がなく、雄牛のように重くて(太った一二世紀の法学者マルティノ・ゴシアが教皇に抵抗したように)親指で押してもへこまず、(ラザロの腫れもののように)汚い皮で覆われてる」ことを意味するらしい。
 ヨーロッパ文化がぎっしりと詰められた、この「濃厚」なフレーズに、頭を下げつつも、ちょっと大げさな気もした。しかしチーズの歴史は、紀元前3千年までに遡(さかのぼ)るというから、キリスト教のそれよりも長いことになる。
 動物の家畜化によって保存可能乳製品――チーズが生まれた。50から100にも上るその種類の多さは、原料となる牛、羊、山羊(やぎ)のミルクの違いと、北アフリカからユーラシア大陸までにわたる産地の、放牧場として異なる地理環境ないし水、牧草によるものだという。
 来日するまで、チーズを見たことすらなかった私は、中国の食品史においてもチーズが存在したことに驚かされた。しかも今なお「イギリスとほぼ同量のチーズを毎年製造し」、雲南省に山羊乳チーズという名産まであるという。
 たかだかチーズに、こんなに奥深く味わい深いものかと改めて思い知らされた。読み始めて間もなく、チーズを探しにスーパー巡りも始めた。本にあるチーズの名や写真を頼りに、輸入ものを買っては食し、また読んでは買う、ということに明け暮れる。
 いつかこの一冊を手にヨーロッパへ出かけ、牧草を追う山羊のように、チーズの「足跡」を辿(たど)りたいと、読み終わった今もしばしばそんな衝動にかられる。
    ◇
 久村典子訳、ブルース・インターアクションズ・1680円/Andrew Dalby フランスの言語学者・歴史家。

2011.8.7 朝日新聞掲載書評より