気になる書評16

寒ーい毎日。外出もおっくう。こんな時は、少し重いテーマの本をじっくり読んで過ごすのもいい。

●隔離の文学?ハンセン病療養所の自己表現史 [著]荒井裕樹

■文学への衝動生んだ葛藤

 かつてハンセン病は一等国には相応(ふさわ)しくない「国辱病」とされ、後進性の象徴として隔離・撲滅が図られた。その中で綴(つづ)られた患者たちの「自己表現としての文学」に著者は注目する。
 ハンセン病患者は優生思想に基づいて「断種」を強いられた。戦前は「国家への忠義」として、戦後はかわいそうな子供を作らないという「人間回復」の名のもとに、生命への暴力は進められた。著者によれば、患者たちは、この優生思想に自発的に服従していった。彼らは自己の存在を否定することを使命と感じ、その使命への献身が喜びとなる「屈曲した自己認識」を抱いた。彼らが紡いだ文学には、狂おしい使命感がにじみ出る。
 しかし、屈折した喜びには、底のない悲しみが同居した。彼らは過酷な葛藤を抱えながら、私的な感情を隠喩的に吐露した。そこには政治に回収されない文学への衝動が存在した。隔離政策の過酷な軌跡をたどると共に、文学の本質を問い返す重厚な一冊。
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書肆アルス

朝日新聞 2012.1.29掲載書評より